関西中高一貫校・教員のブログ

関西の私学中高一貫校に勤める教員のブログ。国語科。現在中学担任。実践教材などを主に紹介。

「淡海の国」と「遠つ淡海の国」 近江と遠江の由来

柿本朝臣人麻呂歌一首

近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのに古思ほゆ(三・二六六)

 

右は、『万葉集』における人麻呂の歌。一首の意は、「近江の海の夕べの波にさわぐ千鳥よ、お前が鳴くと心もしっとりとしおれるように、古(去にし方)のことが思われる」、といったものとなる。「古」とは、天智天皇の近江朝の時代を指すと考えて良い。いわゆる「近江荒都歌」(一・二九)では、人麻呂は、近江の都の荒廃した様子を嘆いてもいる。

ところで、「近江の海」とは、今日の琵琶湖のことを指す。原文では、「淡海乃海」となっている。どうして、「湖」であるのに、「海」と言って良いのか。

それは、古代では、「海」の語はいわゆる「湖」のことも指し得たからである。『万葉集』では、他に、「布勢の海」といった例もある。

しかし、今日の海を指す「海」と今日の湖を指す「海」には、呼び分けもあった。

今日の海を指す「海」は、(上代においても単に「海」ということが普通であったが、しかし)時には「シホウミ」(潮海)といった。それに対して、今日の湖は「アハウミ」(淡海)、「ミズウミ」(水海)といった。辛くない「アハ」い海であるからアハウミであり、淡水の淡の字を当てて「淡海(アハウミ)」としている。同様に、シホではなくミズの海であるから「水海(ミズウミ)」としている。

これは国名にも生きている。

淡水の湖である「淡海(アハウミ)」が、それも巨大なアハウミが存在する国がある。この国自体を、「淡海(アフミ)」といった。琵琶湖を擁する国、今日で言うところの滋賀である。対して、もう一つ、大きな「淡海(アハウミ)」が存在する国がある。浜名湖を擁する静岡西部地域である。浜名湖の方は、都から見て、より遠くにある方の「淡海(アハウミ)」である。それで、浜名湖の方は、「遠(トホ)つ淡海(アフミ)」とされた(「つ」とは、上代の格助詞で「の」の意)。転じて、琵琶湖の方は「近(チカ)つ淡海(アフミ)」となる。大宝年間に国名表記が漢字二字に統一された。この時に例えば「紀の国」は「紀伊国」と表記されたが、それと同様に、「淡海」を「江」の一字に変換し、「つ」を省略することで、浜名湖を擁する「遠(トホ)つ淡海(アフミ)」の地域は、「遠江(トホツアフミ)」の国として漢字二字で表記された。同様に、琵琶湖を擁する「近つ淡海」の国は、「近江」と表記され、こちらは単に「アフミ」と訓まれた。

こうして出来た「遠江(トホツアフミ)」と「近江(アフミ)」が、発音の変遷を経て、「遠江(トオトウミ)」と「近江(オウミ)」となり今日に至る。

琵琶湖と浜名湖、この二大湖がそれぞれ旧国名の由来になっているのである。このように地名は歴史を抱えている。